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まち・文化

  • 2015年2月23日

    戦国無双の刀剣展 「銘切り」イベント開催

     「銘切り」、聞いたことがあるようなあるような無いような言葉だ。  調べてみると、刀匠が自分の鍛えた作品に鏨(たがね)で名前(銘)を刻む作業を銘切りというらしい。日本刀の柄に被われる刀身部分を茎(なかご)と呼ぶが、ここに銘が切ってある。彫るのではなく「切る」のである。  鏨を槌で叩き、鉄の表面に切り込みを入れ、窪みを作... 続きを読む

  • 2015年2月17日

    路上観察、始めました 2
    彦根城京橋口石垣の釘

     まちのなかの風景は様々で、どうしてそうなっているのか、考えても解らないことの方が多い。長い時間のなかで暮らしと共に少しずつ様子が変わり、気が付けば新しい風景になっていたりするのだろう。記憶が途切れて忘れられていることも多い。彦根城京橋口の石垣もそうだ。釘が打ち込まれている。  彦根東高校から夢京橋キャッス... 続きを読む

  • 2015年2月11日

    湖東・湖北 ふることふみ6
    前田慶次が渡った琵琶湖(1)

    慶次も同じ風景を400年以上前に見た「沖島付近から多景島を遠望」  平成27年4月から晩年の前田慶次をモデルにしたドラマが放送されるらしい。今でこそ誰もが知っている戦国武将の一人となった前田慶次だが、昭和の頃はほとんど知られていない存在だった。そのために、前田慶次の史料はきわめて少ない。しかし、関ヶ原の戦いの... 続きを読む

  • 2015年1月30日

    土橋の弁天さん

     銀座商店街の一本裏通り、彦根に残る唯一の銭湯「山の湯」の向かいに弁天さまを祀った小さな社がある。地元の人から「土橋の弁天さん」と呼ばれるこの社は、明治十三年(1880)に建立されたものだという。この界隈は、彦根城の高宮口御門があり外堀に土橋が架かっていたことから土橋町と呼ばれ彦根の中心地として栄えた。おそらくは... 続きを読む

  • 2015年1月28日

    『カロムロード』18年目の邂逅 1
    ヴォーリズさんのクロックノール

    多賀「里の駅」にて  1月10日、僕は多賀町一円にある一圓屋敷にいた。江戸時代の庄屋が安政4年(1857)に建てたもので、平成20年に所有者の一圓六郎氏がNPO法人彦根景観フォーラムに譲渡。現在は同団体と、地元住民らが組織する多賀クラブとが結成した団体「多賀『里の駅』」が地元の町おこしの拠点として活用している... 続きを読む

  • 2015年1月26日

    戦国無双の刀剣展

     彦根の夢京橋あかり館で「戦国無双の刀剣展」が行われている。戦国アクションゲームの最高峰といわれる「戦国無双」(株式会社 コーエーテクモゲームス)に登場する武将キャラクターが使う武器を、現代の刀匠たちが受け継いだ伝統の技で現実の世界に再現した9作品を展示している。石田三成(鉄扇)・大谷吉継(采配)・真田幸村 (十... 続きを読む

  • 2015年1月20日

    海を渡った毛糸に懐いをよせて

     私はときどき大切にされてきた本を譲り受け、その本を大切にしてくれそうな別の誰かに手渡す仕事をしている。商いにしたいのだが、まだまだ程遠い。  ひょんなことで、彦根城にほど近い、とあるお宅にお邪魔することになった。蔵書を拝見していると、古い洋書がある。聞けば、お祖父さんの代、アメリカに住んでいたという。書架に並ん... 続きを読む

  • 2015年1月16日

    湖東・湖北 ふることふみ5
    幕末の名もなき女性の記録

     今回は、場所ではなく一枚の古文書から話を進めていきたいと思う。  江戸時代も安定した時期になると、日本人は思った以上に文化的な生活を送っていた。読み書きそろばんと言われる基礎的な知識は現代のヨーロッパに並ぶくらいに当たり前の物となっていた。また現在の戸籍に近い制度も確立している。この制度を俗に「人別」とも呼び、... 続きを読む

  • 2015年1月11日

    映画『バンクーバーの朝日』と彦根・湖東

    1915年 初代朝日チーム。後列左から2人目、宮崎松二郎・中央列左から3人目、北川初次郎・前列左から3人目、北川(堀居)由太郎(彦根市教育委員会 歴史民俗資料室 小林 隆氏所蔵『Asahi : A LEGEND IN BASEBALL』より)  彦根のビバシティシネマで上映中の映画『バンクーバーの朝日』のこと... 続きを読む

  • 2014年12月29日

    ふたつの目標
    五個荘野球スポーツ少年団

     2014年、僕は五個荘野球スポーツ少年団の写真を二度、撮ることになった。  一度目は、浅井町野球場で行われた(10月4日・5日)「第33回読売旗争奪小学生軟式野球大会」で彼らが優勝した時。二度目は、東近江市長山運動公園グランドで行われた(12月14日)「第3回R421三重・滋賀親善交流大会」だった。この大会は、... 続きを読む

  • 2014年12月25日

    霊苑考

     加田山延命院興善寺は長浜市加田町のほぼ中央部に位置し、遊行上人一遍を開祖とする時宗の寺院である。正応3年(1290)に創立した古刹で、今も残る一丁歩余りの境内はその昔二重の堀に囲まれ、周囲には加田七殿の居館が連なっていたと伝えられている。境内の中から出土し集められた五輪塔や墓石は、今浜城主上坂治部丞家信公の墳墓... 続きを読む

  • 2014年12月23日

    湖東・湖北 ふることふみ4
    光秀伝承を残す城  明智丸

     近江には、まだまだ知られていない城が数多く存在する。それはこの国が京都の東に位置し、水運の要である琵琶湖を有している立地的な条件と、山に囲まれた地形的な条件が複雑にかみ合っているからだ。このため、大きな城だけではなく小さな城にも何らかの理由があり築城されている。山に囲まれているということは大きな防御ラインがある... 続きを読む

  • 2014年12月16日

    四七番目の義士・寺坂吉右衛門の墓

     元禄15年12月14日(1703年1月30日)の深夜、47人の赤穂浪士が吉良上野介義央の邸宅に討ち入った。「忠臣蔵」で知られる、赤穂浪士の仇討ち事件だ。  本懐を遂げた浪士たちは、翌年2月4日に切腹。このとき、46人の浪士が切腹した。  残る1人、寺坂吉右衛門は、浪士たちが吉良の首を泉岳寺に供えるときにはすでに隊... 続きを読む

  • 2014年12月5日

    路上観察、はじめます

    彦根市・銀座町交差点附近(2009年)  街のなかにひっそりと存在している、佇まい好ましい「無用の長物」。それはあたかも現代アートのようだけれど、アーティストとしての作者がいるわけではなく、なかば偶然的に存在しているもの。それらを芸術を超えた芸術「超芸術トマソン」として見出し、とにかくよく観察し、名まえをつけ... 続きを読む

  • 2014年11月28日

    55回目の巻開
    彦根市金沢町和楽会の冠句会

     11月3日文化の日、彦根市の金沢町和楽会の「巻開(まきびらき)」がおこなわれた。「巻開」は「冠句開き」とも言い、金沢町和楽会の会員から投稿された冠句のお披露目の会である。  「冠句」…恥ずかしながら今まで知らなかったのだが、ご存知の方は多いのだろうか。冠句の形は、俳句と同じ上五文字、中七文字、下五文字の「五・七... 続きを読む

  • 2014年11月25日

    エンブレムの付いたユニフォーム

     11月9日、冷たい雨が降るなかで、「読売さわやか野球教室」(主催:読売新聞大阪本社・滋賀県読売会湖北ブロック)が、甲良町総合公園で開かれた。巨人軍の投手だった角盈男(すみみつお)さん、前田幸長さん、野手だった原俊介さんの3人が、10チーム約130人に投球や守備、バッティングなどを指導した(参加チーム:甲良東スポ... 続きを読む

  • 2014年11月19日

    湖東・湖北 ふることふみ3
    隠れた山城 男鬼城

    三重堀切を主郭より見下ろす  紅葉から雪が降るまでの短い季節が、山城を訪れる一番のチャンスであると言われている。葉が落ちて遠くまで見渡せるようになり、城の戦略性が見えてくるからなのだ。  少ない知識ながらも歴史に愛着を持っている私のところにも時々お勧めの山城を訊ねられることがある。その折、候補として上がる一つ... 続きを読む