" />

まち・文化

  • 2015年7月22日

    彦根・大洞弁財天 鉄砲塔

     彦根城の北東、表鬼門の方角約1.5キロ。佐和山から連なる大洞山(211メートル)の中腹に大洞弁財天(真言宗醍醐派長寿院)がある。かつては山裾まで内湖が迫り、城主は船で参詣したといわれている。大洞弁財天堂(県の重要文化財指定)の創建は、元禄8年(1695)、京都・大坂など上方を中心に元禄文化が華開いた頃だ。当時の... 続きを読む

  • 2015年7月20日

    湖東・湖北ふることふみ11
    地震と豊臣政権

     豊臣秀吉が最初に築城した伏見城である指月城の遺構が平成27年6月に発見され大きな話題となった。指月城は慶長伏見地震で倒壊し、その姿を後世に残さなかったために幻の城ともされていたが今回の発見で歴史の一ページが真実であったことを証明したのだ。  指月城は地震で「天守上の二重ゆりおとし」と記録されるように天守が落ちて... 続きを読む

  • 2015年7月13日
    No Image

    数珠と心構え

     最近、お寺や神社に行くことが多い。案内や調べ物をしたりで、1日に、何カ所も周ることがある。平穏無事に生きることができる感謝や未来への助力を願い手を合わすことも忘れている。時々、清浄、神聖という空気を感じることがある。透明度のようなものかもしれない。凄いなと思うのは、そういう場所で撮影しなければならないとき、カメラのオ... 続きを読む

  • 2015年7月6日

    ヒツジグサ

     睡蓮は絵や写真で幾度も見たことはあった。「ヒツジグサ(未草)」という名前があることを初めて知った。それが「未草」だと判ってみると新しいイメージが湧いてくるから不思議だ。  「未草」は、未の刻(午後2時頃)に花を咲かせることから名付けられたといわれている。睡蓮の「睡」の漢字も手伝って、湿潤な明るい夢の中…。  近... 続きを読む

  • 2015年7月1日

    千年菩提樹
    百済寺

    本坊横の菩提樹  先日、百済寺を訪れる機会があった。百済寺の山号は「釈迦山」。釈迦の名をいただく唯一の寺である。推古14年(606)、聖徳太子により創建されたと伝わる。本尊は十一面観世音菩薩、湖東三山の最も南に位置している。  本坊横に満開の菩提樹があった。中学生の頃から何度も訪れたことのあるお寺だが、菩提樹... 続きを読む

  • 2015年6月29日

    学習療法という希望の光
    「僕がジョンと呼ばれるまで」上映会

    上映実行委員会の瀧波信之さん  先日、「僕がジョンと呼ばれるまで」という映画の試写会に参加してきた。  「僕がジョンと呼ばれるまで」は、学習療法という日本で開発された脳活性化プログラムを基に、アメリカの介護施設で行われた認知症改善の取り組みを追ったドキュメンタリー映画だ。この4月に発足した滋賀県学習療法実践研... 続きを読む

  • 2015年6月29日
    No Image

    近代を知る手掛かりとして

     彦根では7月10日から、「井伊直弼生誕200年祭」が始まる。数々のイベントが計画されている。  戦国時代はどんなに美化して語ったとしても人と人が殺し合った時代だ。勿論、僕にも一人や二人ご贔屓の武将がおり、当時の事跡を追いかけるのも好きだが、どうしてもこの時代にのめり込めないでいる。そしてもう一つのめり込めない理由があ... 続きを読む

  • 2015年6月22日

    路上観察・始めました 6
    高所ドアのある建物

    彦根市元町  「トマソンとはどんなものか」という話をするとき、「建物の一部や構築物で、本来の役割をもはや果たしていないけれども残っている『無用の長物』」という定義とともにご紹介したいのがこの物件だ。  トマソンという概念を知らなかった頃から、私はこの建物が大好きだった。年月を感じるやさしい肌色の壁、あたたかみ... 続きを読む

  • 2015年6月19日

    湖東・湖北ふることふみ10
    織田信長に愛された側室が住んだ館

     戦国史のみではなく、日本史の流れを大きく変えた事件の一つに本能寺の変が挙げられる。織田信長の死は同じ時代を生きた人々の運命にさまざまな影響を与えた。そんな信長が晩年に最も信頼し、本能寺の変の後は信長の妻妾たちの中心となって活動した人物が「お鍋の方」だ。  近江が六角氏と京極氏によって支配されていた頃、永源寺辺り... 続きを読む

  • 2015年6月17日

    菅山寺の梵鐘

     青い梅の実る頃、湿った梅林を歩くと僕は決まって菅原道真を思い出す。多分、そんなことしか思い浮かばないのだ。梅干しの種の中にある柔らかな「天神さん」を連想するからだ。子どもの頃、真夏には家の裏に干してある梅干しを食べ、種を金槌で割って天神さんを取りだし、これもまた食べたという経験がある。今思えば賢くなりたいと言う... 続きを読む

  • 2015年6月15日

    水をめぐる御利益

    「大日池」2012年撮影  湖の郷では田に水が入り湖面が広がったようだ。写真でしか見たことのない内湖の風景をかさね想像すると、さながらこの郷は水の王国だ。  季節は梅雨。空から水が落ちてくる。この水が流れ落ち、ひととき留まるところで御利益が生まれ語り継がれている。例えば僕の祖母の家では、神棚に供えた「神さんの... 続きを読む

  • 2015年5月28日

    千草街道をゆく

    千草街道: 近江と伊勢北部を結ぶ鈴鹿山脈越えの街道。「千草越え」ともいう。千種とも書く。 杉峠で撮ることができた久しぶりに全員集合写真  永源寺の大自然と奥深い歴史を再認識することができる、永源寺地区まちづくり協議会主催の「わがまち探訪フィールドワーク千草街道を往く」が4月25日(土)に実施されました... 続きを読む

  • 2015年5月25日

    春の交通安全啓発運動

     春の全国交通安全運動の初日となる11日に、ビバシティ彦根で彦根交通安全協会城南支部の皆さんが交通事故防止を訴える啓発活動を行った。会長の高桑稔さんは「彦根市のなかでも城南学区は大型店舗があり道路環境が特殊な地域です。啓発運動など事故を無くすためのこうした活動を各所の皆さんと共に続けています。交通安全協会のことも... 続きを読む

  • 2015年5月20日

    湖東・湖北ふることふみ 9
    龍に出逢える場所・安楽寺

     大きな目的もなく車を走らせていると、カーナビや信号に記された地名に興味を持つことがある。ほとんどの場合は一瞬の興味の後に他の事に意識が向く、しかし妙に心惹かれ地名の謎を探ろうとその地に入り大きな出逢いを経験するぶらり旅も面白い。  国道8号線を北上し、長浜市曽根町(旧びわ町曽根)に「御館口」と書かれた信号を見た... 続きを読む

  • 2015年5月18日

    コンクリートの卓球台

     コンクリートの卓球台が彦根にはあって、卒業アルバムにも掲載されていたりする。DADAで初めて掲載したのは2009年。少しずつ噂は広まって「コンクリート卓球台」について編集部にご連絡をいただいたりもした。自分でも調べてみたが、台のコンクリートの厚みなど彦根のそれは比べものにならないくらい立派だ。それに、ネットで画... 続きを読む

  • 2015年5月13日

    モガ、モボたちの『賢治のカレー』

     「モガ」と「モボ」、その言葉が流行っていたころのことを僕らは知らない。初めてその言葉を聞いたときの文脈から、「モッズ」から派生した何かのように随分長い間思っていた。  「モガ」と「モボ」は、大正末期から昭和初期の「モダンガール」「モダンボーイ」、今風に言えば「イケてる」若者たちのことだ。この時代「彦根の町にもカ... 続きを読む

  • 2015年5月11日

    音なりの庭 at コホウアン

     近江孤篷庵の近くに生まれ育った中居真理さんは、地元にいた頃は一度も孤篷庵を訪れたことはなかったという。周囲の自然を借景に取り込んだ庭、その庭を眺めるためにつくられた開放的な建物が気持ちよく、「近所にこんな場所があったなんて」と驚いたそうだ。「この気持ちのいい場所で音楽を聴いたりしたら気持ちがいいだろうなあ」とい... 続きを読む